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バスケからバレーへ、挑戦を力に変えるスポーツ通訳・佐々木真理絵の現場奮闘記

スポーツ通訳としてバスケットボールやバレーボール、さまざまな現場でキャリアを積み上げてきた佐々木真理絵。プロスポーツチームに未経験で飛び込んだ大阪エヴェッサでの挑戦から、初めて「通訳専任」として任された男子バレーボールチームでの苦労と成長。そして、選手たちから学んだ「切り替え力」によって変化した働き方。失敗を糧にしながら進化を続ける彼女のキャリアをひも解く。※トップ画像提供/本人(佐々木真理絵)

IconIppei Ippei | 2025/01/02

スポーツ通訳としての原点、大阪エヴェッサでの挑戦

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――2013年に、当時のbjリーグ・大阪エヴェッサに通訳兼チームマネージャーとして入団。振り返るとどんな経験だったのでしょうか?

スポーツ業界について詳しくなかったですし、バスケットボールも全く観たことがない状態でした。本当に面接の後に『一度試合を見に来たらどうですか?』と言われて、初めて観に行ったくらいで。

スポーツ業界やプロバスケットボールチームがどういうものか、何もわからない状態で入ったんです。それでも、ご縁があって入団することができました。

振り返ると本当にハードな1年でしたね。プロスポーツチームの基準が全くわからなかったので、毎日が手探りでした。ただ、やらなければいけないことを一つ一つこなしていく中で、とても大変でしたが、その経験がその後の仕事に活きました。

――その頃は、監督や選手の通訳も担当されていたんですか?

いえ、大阪エヴェッサではバスケットの知識がなかったので、競技中の通訳はやっていませんでした。主にマネージャー業務がメインで、そこから発生する外国人選手やスタッフへの連絡事項の伝達を担当していました。

例えば、練習後に『明日の集合時間は9時ね』と伝えたり、試合後の記者会見での通訳をしたりしていました。試合中やタイムアウト中の通訳は担当していませんでしたが、徐々に業務を通じて勉強を重ねました。

――最初の1年がハードだったからこそ、次のステップに余裕を持てたということでしょうか?

そうですね。本当に最初の1年が大変だった分、その後別のチームに移ったときは、少し余裕を持って仕事に取り組めるようになりました。

新たな挑戦:バスケからバレーボールへ転身

――京都ハンナリーズでは2シーズン活動され、その後2016年から男子バレーボールのチームに移られていますね。この転身にはどのような背景があったんですか?

京都ハンナリーズでの契約が満了したタイミングで、次のステップをどうするか考えた時、やっぱりスポーツチームの現場で働きたい気持ちが強くありました。ただ、バスケットボールに特化して入ったわけではなかったので、競技を変えてみるのも新しい経験になるのではないかと思ったんです。

そんな中でいろいろと情報を探していたら、ちょうど男子バレーボールのチームが通訳を募集していたので、応募してみることにしました。

初めての「通訳専任」の肩書き

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画像提供/本人(佐々木真理絵)

――バスケットボールからバレーボール、さらに今度は「通訳専任」という立場になったわけですが、日々どのような感じだったのでしょうか?

通訳のみを任されるのはこれが初めてでした。やはり英語に関する比重が大きくなり、それを仕事として求められる立場になるとプレッシャーもありました。当時の自分の英語力では難しいことも多くて、本当に苦労しましたね。

それに、バレーボール自体をあまり知らないまま現場に入ったので、専門用語はもちろん、競技の概念やプレーのニュアンスなど、肌感覚で理解している人たちのコミュニケーションについていけない部分がありました。そのせいで、最初は訳せないことも多く、周りに迷惑をかけることもありました。

アスリートから学んだ「切り替え力」

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画像提供/本人(佐々木真理絵)

――かなり苦労されたと思いますが、どうやって乗り越えていったのでしょう?

訳せないことがあると、『通訳として入っているのに、自分はここで何をしているんだろう』と感じることも多かったです。そういった状況を少しでも減らすために、練習後にその日の訳せなかったことや困ったことをブラジル人のコーチに相談しました。

その時、『次からはこう伝えよう』と確認作業を繰り返しながら、少しずつ覚えていった感じです。すぐにうまくなるわけではなかったですが、一歩ずつ努力を重ねて、少しでも良い通訳ができるようにと頑張りました。

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Illustration by vaguely

――アスリートの方々と密接に関わる中で、佐々木さんが特に影響を受けたことは何ですか?

失敗にとらわれて全体のパフォーマンスを落としてしまうことがよくありましたが、選手たちの姿に影響を受けて考え方が変わりました。

選手は試合中のミスを引きずらず、次のプレーで取り返すためにその場で立て直します。その切り替えの速さや強さに学び、私も失敗を課題として捉え、今できることに集中する意識を持つようになりました。

特に、大きなミスをした選手が次のプレーで見事に巻き返す場面を見るたび、自分もそうありたいと思うようになりました。今では、失敗を恐れるのではなく、全体を見据えて自分の役割を果たすことを心がけています。ミスを次の成長のきっかけにする視点を持てたことが、私にとって大きな転機になりました。


佐々木真理絵(ささき・まりえ)

大学卒業後、一般企業に勤務したのち、2013年に日本プロバスケットボールリーグ・大阪エヴェッサにチームマネージャー兼通訳として加入。その後、京都ハンナリーズで2シーズンを過ごし、男子バレーボールチームのパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)では2シーズン通訳を務める。2022年には女子バスケットボール日本代表のマネージャーとしてW杯にも帯同。サッカーやスキーなど競技の幅を広げながら、現在はラグビー男子日本代表でヘッドコーチのパーソナルアシスタントを務めている。