ボールひとつがくれた居場所――孤独を乗り越えたフリースタイルフットボーラーmoe-Kの挑戦
ボールひとつで自分を表現するフリースタイルフットボーラー、22歳のmoe-K(櫻井萌華)。彼女にとって、フリースタイルフットボールは「自分らしくいられる場所」だった。学校に馴染めず、家庭では厳しい母親との関係に悩んでいた少女は、やがてボールと出会い、その魅力に救われる。しかし、迷いや孤独を抱えながら家を出てさまざまな土地を巡る中で、フリースタイルフットボールとの向き合い方を模索することになる。北海道での経験を経て再び舞台に立った彼女は、日本一を掴み、世界へと挑む存在へと成長した。過去を乗り越え、今やフリースタイルフットボール界で輝きを放つ彼女の軌跡とは。※トップ画像撮影/松川李香(ヒゲ企画)
初めて見つけた「自分らしくいられる場所」
Photography: Rika Matsukawa (Hige Kikaku)
「サッカーをやっている子にとってのサッカーチームみたいなもの。それが私にとってのフリースタイルフットボールだったと思います。家とは別の『居心地のいい場所』でした」
学校に馴染めず、家でも厳しい母親の指摘を受け続けていた彼女にとって、フリースタイルフットボールは心の拠り所だった。猫背や姿勢、人見知りの性格を指摘されるたびに自信を失い、次第に「居場所」を外の世界に求めるようになったという。
「昔は人が怖くて、イベントでも挨拶すらできなかったんです。帰り道で母に怒られる日々が17歳まで続いていました」
家を飛び出し、迷いと向き合った東京での日々
Photography: Rika Matsukawa (Hige Kikaku)
17歳のとき、彼女は母親との関係に限界を感じて家を出た。
「お母さんとのコミュニケーションが上手くいかなくなって…。『もういいや』って思ったんです」
当時、フリースタイルフットボールへの情熱も揺らいでいた。将来への不安や自分が本当にこれを続けていけるのかという迷いが彼女を苦しめていた。
「『このまま続けていいのか?』とか『自分に向いているのか?』ってずっと考えていました。人が怖いという気持ちも全然消えなくて…。考え込み過ぎてしまい、自分で自分に求め過ぎて余計なプレッシャーをかけ過ぎていました」
東京では、当時未成年だったため、3歳年上の姉の家やシェルターに身を寄せる日々を送った。フリースタイルフットボールから一度距離を置き、複数のアルバイトをかけ持ちながら海外渡航を目指していたものの、コロナ禍によってその夢は断たれてしまった。彼女はその後、埼玉、千葉、北海道へと、居場所を求めて自分探しの旅を続けていくことになる。
北海道で見つけた「再生」のきっかけ
Photography: Rika Matsukawa (Hige Kikaku)
「北海道に行って、ようやく自分を取り戻せた気がします。あの時期がなかったら、今の私はいないです」
居場所を求めて旅を続ける中で辿り着いた北海道。そこで、同じフリースタイルフットボールに情熱を注ぐ女性プレイヤーとの出会いが、彼女の心に新たな火を灯した。一緒に練習を重ねるうちに、忘れかけていたフリースタイルフットボールへの愛情と情熱が蘇った。さらに、偶然出会ったクリスチャンの海外の友人との交流が、彼女の人生を大きく変える転機となる。
「教会に誘われて行ってみたんです。それまでは『なんで生きているんだろう』ってずっと悩んでいました。でも、教会に通う中で、『だから生きているんだ』って感覚が芽生えたんです」
孤独感に押しつぶされ、自ら命を絶つことすら考えていた彼女。しかし、教会での経験がその思いを払拭し、「生きたい」という前向きな感覚を取り戻すきっかけとなった。
人生が動き出した瞬間
Photography: Rika Matsukawa (Hige Kikaku)
北海道で心の再生を果たしたmoe-Kは、再びフリースタイルフットボールの舞台に立つ決意を固めた。そこから彼女の活躍は加速し、滋賀ではスポンサー契約を結びながら活動を広げ、遠征費や活動費のサポートを受けるようになった。
「本当にありがたい環境でした。正社員として働きながら、フリースタイルフットボールにも全力で取り組める場所を見つけられたことに感謝しています」
過去の孤独や迷いを乗り越えた彼女は、今やフリースタイルフットボールを通じて人々に希望や笑顔を届ける存在へと成長。moe-Kは、ボールを通じて新たな自分を見つけ、多くの人に生きる力を与える道を切り開いた。
女子フリースタイルフットボールの新時代
「女子のフリースタイルフットボールが盛り上がり始めたのは、ほんの3年前くらい。それまでは女子選手が数人いる程度で、大会にもほとんど出てこなかったんです」
moe-Kは競技の成長を肌で感じている。男子に比べてまだ選手層は薄いものの、少しずつ目立つ選手が増え、認知度も高まりつつある。
「まだ発展途上だけど、これからもっと女子選手が増えて、世界に挑戦してくれる時代が来ると思います」
16歳で世界の舞台へ―初めての挑戦
画像提供/本人
moe-Kが初めて世界大会に挑んだのは16歳のとき。2018年、東京で開催された「DAZN WORLD FREESTYLE MASTERS」に日本人女性として初めて招待された。男女混合の大会でトップ8に進出した彼女は、世界の壁の厚さを実感すると同時に、大きな自信を手に入れる。
「トップ8で初戦敗退したけど、純粋に『楽しい』と思えた。それが一番大きな収穫でした」
日本一からチェコの世界大会へ―次なるステージ
画像提供/本人
2023年、moe-Kはチェコで開催された世界大会「SUPER BALL」で女子部門トップ8に入る快挙を成し遂げる。
画像提供/本人
その後、アジア予選「PULSE SERIES」で優勝を果たし、日本一決定戦でも初めての優勝を手にした。NHKの密着もついた日本一決定戦では、プレッシャーに押しつぶされそうになりながらも気持ちを切り替え、2日間の激戦を制した。
「『このままじゃ後悔する』と思って集中しました。完璧ではなかったけれど、自分を出し切れたことが本当に嬉しかったです」
母親との絆を感じた「やっとだね」
Photography: Rika Matsukawa (Hige Kikaku)
日本一になった後、彼女を待っていたのは母親の温かい言葉だった。
「現場には来ていなかったけど、後で『やっとだね』って言ってくれたんです。その一言がすごく嬉しかった。ずっと見守ってくれていたんだなと思いました」
厳しい母親との衝突を乗り越え、さまざまな地を訪れる中で多くの人々に支えられながら掴み取った成果。それを形にして示すことができた瞬間は、moe-Kにとって生涯忘れることのできない特別なものとなった。
moe-K
2002年2月16日生まれ、静岡県出身。14歳の時にフリースタイルフットボールと出逢い、人生が一転。現在では日本一、アジア一の称号を持ち、次は世界に挑戦している。フリースタイルフットボールの魅力をより多くの人に知ってもらうため、パフォーマンスやイベント、レッスンなどを積極的に行っている。また世界への挑戦を一緒に支えてくれる企業やスポンサーも募集中。