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今季絶望は「来季への希望」 台湾プロ野球で小野寺賢人が受け入れられる理由

「一番印象的だったのは、やはり初登板の台北ドームです」 台湾初のドーム球場は、2万5千人の大観衆で埋まっていた。地響きのような応援が轟く敵地。敗戦投手にはなったが、今まで体験したことのない、国内トップリーグの野球を実感した。NPBを経ることなく、独立リーグから台湾プロ野球(CPBL)に挑んだ日本人選手がいる。その一人が今季台鋼ホークスに入団した小野寺賢人だ。慣れない台湾生活や外国人枠に苦労しながら2勝を上げ、ヒーローにもなった。信条である制球を磨き、常に冷静に試合を作る。覚えた中国語を積極的に使う小野寺の姿は、台湾のファンにも受け入れられた。6月に靭帯部分断裂という故障に見舞われた小野寺だが、台鋼ホークスは来季の戦力として考えているという。CPBLで故障した外国人をそのまま在籍させ、来季の戦力とするのは異例なことだ。

Icon img 20200702 114958 井上 尚子 | 2024/08/26

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NPBを経ることなく独立リーグからCPBLへ挑んだ小野寺賢人(球団Facebookより)

独立リーグで不動のエースとなった「ミスターコントロール」

小野寺賢人は宮城県の聖和学園から星槎道都大に進学した。エースと呼ばれる存在ではなかったが、大学卒業後に社会人のTRANSYSに入団、球種とコントロールを磨いてきた。NPBを目指すために独立リーグに飛び込むと、2年半在籍したBC埼玉では抜群の結果を残し、不動のエースとして輝いた。

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ルートインBCリーグでは最多奪三振・最優秀防御率・ベストナイン・投手MVPなどタイトルを獲得

NPBドラフト後にCPBL台鋼ホークスからオファー

独立リーグではトップクラスの投手でも、ドラフト指名には至らない。足りないのは球速だと、小野寺は球速を出すためのトレーニングを続けた。2023年には150キロも計測したが、NPBに指名されることはなかった。

だが、その小野寺に目を付けたのがCPBL台鋼ホークスだ。CPBLでは日本人の指導者や球団スタッフがいる球団が多く、新球団である台鋼ホークスにも横田久則(元西武)、福永春吾(元阪神)という投手コーチがいる。横田コーチは日本で助っ人投手を探していた。

ウィンターリーグで無双し年間契約のサプライズ

2023年に二軍参入、2024年から一軍参入という新球団台鋼ホークスは、2023年冬のアジアウィンターリーグに単独で出場。外国人投手のトライアウトも行った。

小野寺は主に先発で好成績を残し、チームの優勝に貢献。優勝インタビューで洪一中監督が小野寺の来季契約決定を語った。NPBやメジャーの実績のない外国人が、年間契約を勝ち取るのは極めて異例のことだ。

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2023アジアウィンターリーグでは抜群の制球力で優勝の立役者に(球団Facebookより)

外国人「助っ人」としての苦労

並々ならぬ覚悟を持って海を渡った小野寺だが、台湾の環境は優しくなかった。言葉の壁もさることながら、外国人枠が少ない。新規球団である台鋼ホークスは1枠多いが、それでも5人在籍中、一軍登録できるのは4人という狭き門だ。台鋼ホークスは主力野手としてスティーブン・モヤを獲得しており、先発のニック・マーゲビティウス、抑えのレイミン・グディアンとともに欠かせない戦力となっている。残りの枠は小野寺と同時に台湾へ渡った笠原祥太郎(元中日・横浜 6月に退団し現オイシックス)と争うことになった。

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日本からは笠原祥太郎(左)とともに助っ人として入団した(球団Facebookより)

初登板は今年オープンしたばかりの台北ドームだった。2万5千人を超える大観衆。相手の中信兄弟はファンが多く、圧倒的な敵地だった。地響きのような声援と賑やかな台湾の応援。経験したことのない大舞台に平常心は保てなかった。

また、台湾の打者は速球に強く簡単にはじき返される。審判のゾーンも独立リーグに比べればかなり狭く感じられた。結果は4.1回を5失点。被安打8で負け投手となった。

目指す投手像は臨時コーチも務めた吉見一起さん

試合後に横田コーチと話した。「お前がNPBに行けなかったのは、コントロールが足りないからだ」と言われ、目指す投手像として名前が挙がったのが、台鋼ホークスの臨時コーチでもある吉見一起さん(元中日)だった。そこから再挑戦が始まった。

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ほとんど崩れることのない抜群の制球力が武器(球団Facebookより)

「あの試合が転機でしたね」

吉見さんの動画をよく見るようになった。球速は落としても、打者を効率よく打ち取り、長いイニングを投げる。台湾の暑さやマウンドに順応するためのフィジカル強化とともに、プレートを踏む位置を変えたり、スライダーの曲がり方を変えたりと、ピッチングを工夫した。

「ブルペンでの投げ方も変えました。9分割で投げる球種とコースを言ってそこに投げるようにしました」

その後は6回2失点、7回1失点と好投が続くようになった。しかし勝ち星には恵まれない。小野寺がついに勝利を挙げたのは、5月のことだった。5月11日の味全ドラゴンズ戦で先発し7回無失点、18日の統一ライオンズ戦を6回無失点と素晴らしいピッチングを見せた。MVPにも2回選ばれ、努力が実を結んだ実感があった。

小野寺賢人が台湾のファンに受け入れられた理由

「大家好!我是小野寺賢人。我是日本人!(皆さんこんにちは。私は小野寺賢人。日本人です)」

マイクを向けられた時、通訳が付いていても、小野寺は積極的に中国語を使う。使える表現はノートにメモしておき、語彙も次第に増えた。

「僕は英語が全然出来ないので、中国語を話すしかないんです」

苦笑する小野寺だが、コミュニケーションしようと努力する姿は、ファンにも伝わる。

普段の小野寺の投球スタイルは、とにかくポーカーフェイス。滅多に四死球を出さず、ピンチでも動じない小野寺の様子は、球団公式サイトで「#冷面阿賢(クールフェイス賢ちゃん)」と書かれた。反面、時にコミカルな面を見せるギャップが、ファンに受け入れられる理由の一つでもある。

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お立ち台の小野寺。ダンスはしばしば物真似される名物に(球団Facebookより)

CPBLでは、しばしばヒーローインタビューの後にチアとヒーローが一緒にダンスを踊る。通常はチアのダンスに選手が合わせるのだが、小野寺は違った。

「聞いてなかったんですよ。いきなり曲をかけられて。でも普通に踊っても面白くないかなと」

何やら盆踊りのようにも見える、コミカルなダンスを真顔で踊った。台鋼ホークスはSNSに力を入れているため、そうした動画はすぐに配信され、瞬く間にファンに広まる。結果への称賛とともに、「面白い」選手としても親しまれるようになった。

オールスターのファン投票でも1万8千票以上を集めた小野寺。後には台北ドーム2万人の観衆を前に、歌を披露する機会があった。選んだのは日本語のアニメソングと、1998年のヒットソング「愛我別走」。台湾では誰もが知る曲を中国語で歌い、喝采を浴びた。配信された動画は高い再生数を記録している。

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台鋼ホークス主催の台北ドームでは猛練習した中国語での歌を披露(球団Facebookより)

今季絶望宣告も「来季への希望」が生まれた日

2024年の全成績は、9試合に登板して2勝4敗、防御率2.31、奪三振25。6試合連続のQS。

「今季を振り返っての率直な感想は…投げられることは幸せだなと思います」

最後の登板は6月9日の中信兄弟戦だった。5回3失点で降板した試合後、外国人枠の関係もあり、二軍へ降格した。ノースロー調整後、二軍戦で投げる予定だったが、肘痛を発症。「右肘内側副靱帯部分断裂」と診断された。

肘の靭帯断裂は、「今季絶望」を意味する。だが、台鋼ホークスは、小野寺を来季の戦力として考えていることを発表した。

「GMからそのように言われました。洪一中監督も、ご自身が現役時代に肘を痛めた話をしてくださって、治して戻ってくるようにと言われました。球団には本当に感謝しています」

日本人に手厚い新球団台鋼ホークス

台湾の中でも、台鋼ホークスは特に日本人に好意的だ。初代GMを務める劉東洋氏は日本の大学院に留学経験がある。日本野球通で知られ、日本人を積極的に獲得している。

今季最下位に沈んではいるが、3対1のトレードで王柏融を獲得したように、新球団には人気選手が必要だ。優秀な先発投手として計算でき、ファンに愛されるキャラクターを持った小野寺は、台湾野球のエンタメ性や球団のニーズにマッチした選手といえる。

来季へ向けて「投げられる喜び」を噛みしめながら

8月9日、新外国人を登録するため支配下登録を抹消されたが、小野寺は球団から離れることなくリハビリを続けている。PRP(保存療法)を受け、8月現在はキャッチボールができるまでになった。順調なら9月頃にはブルペン入り、10月頃には実戦形式のピッチングへ、と計画している。

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球団が発売した小野寺個人のタオル。「小野寺燃えてます」は彼が常に使う言葉(球団Facebookより)

8月14日には球団が試合後に小野寺のイベントを行った。ファンへの今季最後の挨拶とファンが「来年に向けて小野寺を応援しよう」という主旨。これも途中離脱した外国人投手の扱いとは思えないものだ。

公式SNSには「#魔性舞蹈」「#魔性魅力」の文字がある。多くのファンが駆け付けて交流し、来季に向けて激励した。

小野寺も台湾の環境には慣れてきていて、野球ではコミュニケーションも取れるようになった。最近入団した吉田一将(元オリックス・オイシックス新潟)に簡単な通訳をするような場面もあり、自身の進歩を実感しているという。

毎日かなりの量になるリハビリメニューをこなし、投げられる喜びを噛みしめながら、小野寺は来季への準備を続けている。

今はとにかく台湾で一軍のマウンドに戻ることしか考えていない。


取材協力:台鋼ホークス