Giving back to sports through cleaning! ~Tachibana's Challenge~
子供の頃の夢はプロサッカー選手。その後の夢は「体育の先生」、「鹿島アントラーズのスポーツトレーナー」などスポーツに携わるものばかり。清掃会社を起業し、縁があって現在はスポーツに携われていると言う。そんな立花徹社長の紆余曲折の人生に迫った。
Koike Kikuchi
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2022/05/17
――学生時代はどんなスポーツをしていましたか?
立花:小・中学生の頃は陸上部で、1500mや3000mという中距離をやっていました。サッカーは大好きでしたが、生まれ育った地区(青森)の学校にはサッカー部がありませんでした。高校にはサッカー部があり入部しました。
――サッカーでのポジションは?
立花:左サイドバックです。キャプテン翼や日本代表の試合を見るくらいのイメージしかなく、高校から実際に始めたので、なかなか思うようにプレーが出来ず、最初は大変でした。
サイドバックを選んだ理由も、そのポジションが空いていたからというだけです。同じ左利きの中村俊輔(横浜FC)選手に憧れていました。
――高校卒業後は?
立花:サッカー選手になりたかったのですが当然難しく、大好きなスポーツに関わりたいと考え、仙台のスポーツ専門学校に入り、スポーツトレーナーを目指して2年間学びました。
専門学校にフットサルサークルがあり、定期的にボールは蹴っていましたよ。
――専門学校卒業後は?
立花:トレーナーとして食べていくのは厳しいと思い、専門学校に通いながらアルバイトをしていた大手飲食会社に就職しました。店長をしまして、バイト時代を含めると約10年間に渡り、がむしゃらに働きました。
この就職を機にスポーツに携わることはなくなりましたが、その会社にもフットサル部があり、たまにボールは蹴っていました。
――その後はどんなキャリアを歩まれましたか?
立花:当時(28歳頃)は稼いでもパチンコで負けてお金を失ったりして。もっと稼ぐために転職しようと動き、年収が倍になる不動産会社に入社しました。
やる気に溢れて入社しましたが、超ブラックで朝から晩まで電話を何百件もかけたり、飛び込み営業をしたりと大変でした。
体力的にも無理だと思い1ヶ月半で辞めました。急に辞めたので、とりあえず日銭を稼ぐために日雇いの派遣の仕事を転々としました。
野球場のテント設営や代々木公園での仕事などで食い繋いていた時に、掃除の仕事と出会いました。
掃除をして、綺麗になるとお客さんに凄く喜んで頂けるこの仕事は凄いと感じましたし、天職かもしれないと直感で感じました。
本格的に掃除の仕事がしたくなり、掃除会社に就職。入社の際にみんなの前で「1年後に独立します」と宣言して、有言実行で、10ヶ月で辞めて個人事業主として独立しました。
――掃除の仕事との出会いから人生が好転し始めたのですね。
立花:掃除の仕事をする前は、煙草を吸い、お酒を飲み、パチンコをしてお金を失ったりとダメ人間でした。ダメ人間から抜け出したいという一心で、自己啓発のセミナーに行って、生き方が変わりました。
半年間くらいで約42万円するセミナーでした。お金もないのに、自分を変えなきゃと必死でした。なんとかダメ人間から抜け出したくて藁にもすがる気持ちで通ったんです。
今思うと「自分を変えたくてセミナーに行くとか、安易だな」と思いますが、当時は変わりたくて必死でした。実際に当時の自分にとっては衝撃的に良いセミナーでした。
――そこで何が変わったのですか?
立花:今までは流されながら生きてきましたが、自分の行動次第で、人生は変えられると気付きました。「自分の人生は自分で作る!」とふっ切れたのです。
セミナーに通いながら日雇いの仕事をしていたら、先ほど話したように掃除と出会いました。そこからは「出来ない、やらない」ということは一切考えなくなりました。
――考えが変わったタイミングで、掃除の仕事との出会いがあったんですね。
立花:個人事業主として独立してからは、最初は先輩の所に行き、日当7000円などで掃除のアルバイトに励みました。ひとつひとつの仕事を一生懸命にやっていたら、色々な方を紹介してくれて徐々に仕事が増えていきました。
誰かが困っていることに視点を置いて「何でも屋さん・便利屋さん」という形で始めは動きました。犬の散歩をして家の掃除をするなど、出来ることは何でも対応したんです。
個人事業主として2年間働き、3年目で法人化。案件が増えてきて、1人での限界を感じ、アルバイトや社員を雇っていくことになったからです。
――現在はたくさんの従業員がいて、売り上げも伸びていますよね。成功の秘訣は?
立花:がむしゃらにやってきたということに尽きます。ほぼ紹介や口コミで仕事を頂いてきましたので、全ての仕事に全力で向き合っていました。それが次に繋がっていったのだと思います。
「真摯に取り組む・真面目にやる」という自分の在り方が変わらなかったのが大きいと思います。
そしてコロナ禍で更に需要が増えました。病院の消毒など多くの仕事が入り、過去最高の売り上げをあげることが出来ました。
写真:本人提供
――今後は、どんな施設を清掃していきたいのですか?
立花:スポーツが大好きですので、スポーツ施設を綺麗にして、利用者に喜んで頂けるような清掃をしたいです!
スポーツ施設のように広い施設ですと、なかなか日常では大掛かりな掃除が出来ないですし、専門的な道具も無いと思います。手を付けておかないと、どんどん汚くなってしまうので我々に任せて頂きたいですね。
スタッフの方に清掃用具の使い方などを伝授して、一緒に綺麗にしていくということもやっていきたいです。
実際に色々な縁から、今年からJ2に所属する横浜FCの施設や、MIFA Football Parkの清掃もやらせて頂いています。
最近はフットサルも本格的に再開しましたし、スポーツは凄く平和で仲間も増えて、本当にいいなと改めて感じています。会社メンバー中心のフットサルチームも作りました!
――最後に今後の目標を教えてください。
「ダスキン」さんや「おそうじ本舗」さんのように愛されるブランドを我々、株式会社タチバナでも作りたく「BEクリーン」というブランドを昨年11月からスタートさせました。
夢は、「スポーツ施設の清掃はBEクリーンに任せておけば安心だよね」という流れを作ることです。その為にも、初心を忘れずに頂いた仕事に真摯に全力で取り組んでいきます。
写真:本人提供
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立花:小・中学生の頃は陸上部で、1500mや3000mという中距離をやっていました。サッカーは大好きでしたが、生まれ育った地区(青森)の学校にはサッカー部がありませんでした。高校にはサッカー部があり入部しました。
――サッカーでのポジションは?
立花:左サイドバックです。キャプテン翼や日本代表の試合を見るくらいのイメージしかなく、高校から実際に始めたので、なかなか思うようにプレーが出来ず、最初は大変でした。
サイドバックを選んだ理由も、そのポジションが空いていたからというだけです。同じ左利きの中村俊輔(横浜FC)選手に憧れていました。
――高校卒業後は?
立花:サッカー選手になりたかったのですが当然難しく、大好きなスポーツに関わりたいと考え、仙台のスポーツ専門学校に入り、スポーツトレーナーを目指して2年間学びました。
専門学校にフットサルサークルがあり、定期的にボールは蹴っていましたよ。
――専門学校卒業後は?
立花:トレーナーとして食べていくのは厳しいと思い、専門学校に通いながらアルバイトをしていた大手飲食会社に就職しました。店長をしまして、バイト時代を含めると約10年間に渡り、がむしゃらに働きました。
この就職を機にスポーツに携わることはなくなりましたが、その会社にもフットサル部があり、たまにボールは蹴っていました。
――その後はどんなキャリアを歩まれましたか?
立花:当時(28歳頃)は稼いでもパチンコで負けてお金を失ったりして。もっと稼ぐために転職しようと動き、年収が倍になる不動産会社に入社しました。
やる気に溢れて入社しましたが、超ブラックで朝から晩まで電話を何百件もかけたり、飛び込み営業をしたりと大変でした。
体力的にも無理だと思い1ヶ月半で辞めました。急に辞めたので、とりあえず日銭を稼ぐために日雇いの派遣の仕事を転々としました。
野球場のテント設営や代々木公園での仕事などで食い繋いていた時に、掃除の仕事と出会いました。
掃除をして、綺麗になるとお客さんに凄く喜んで頂けるこの仕事は凄いと感じましたし、天職かもしれないと直感で感じました。
本格的に掃除の仕事がしたくなり、掃除会社に就職。入社の際にみんなの前で「1年後に独立します」と宣言して、有言実行で、10ヶ月で辞めて個人事業主として独立しました。
――掃除の仕事との出会いから人生が好転し始めたのですね。
立花:掃除の仕事をする前は、煙草を吸い、お酒を飲み、パチンコをしてお金を失ったりとダメ人間でした。ダメ人間から抜け出したいという一心で、自己啓発のセミナーに行って、生き方が変わりました。
半年間くらいで約42万円するセミナーでした。お金もないのに、自分を変えなきゃと必死でした。なんとかダメ人間から抜け出したくて藁にもすがる気持ちで通ったんです。
今思うと「自分を変えたくてセミナーに行くとか、安易だな」と思いますが、当時は変わりたくて必死でした。実際に当時の自分にとっては衝撃的に良いセミナーでした。
――そこで何が変わったのですか?
立花:今までは流されながら生きてきましたが、自分の行動次第で、人生は変えられると気付きました。「自分の人生は自分で作る!」とふっ切れたのです。
セミナーに通いながら日雇いの仕事をしていたら、先ほど話したように掃除と出会いました。そこからは「出来ない、やらない」ということは一切考えなくなりました。
――考えが変わったタイミングで、掃除の仕事との出会いがあったんですね。
立花:個人事業主として独立してからは、最初は先輩の所に行き、日当7000円などで掃除のアルバイトに励みました。ひとつひとつの仕事を一生懸命にやっていたら、色々な方を紹介してくれて徐々に仕事が増えていきました。
誰かが困っていることに視点を置いて「何でも屋さん・便利屋さん」という形で始めは動きました。犬の散歩をして家の掃除をするなど、出来ることは何でも対応したんです。
個人事業主として2年間働き、3年目で法人化。案件が増えてきて、1人での限界を感じ、アルバイトや社員を雇っていくことになったからです。
――現在はたくさんの従業員がいて、売り上げも伸びていますよね。成功の秘訣は?
立花:がむしゃらにやってきたということに尽きます。ほぼ紹介や口コミで仕事を頂いてきましたので、全ての仕事に全力で向き合っていました。それが次に繋がっていったのだと思います。
「真摯に取り組む・真面目にやる」という自分の在り方が変わらなかったのが大きいと思います。
そしてコロナ禍で更に需要が増えました。病院の消毒など多くの仕事が入り、過去最高の売り上げをあげることが出来ました。
写真:本人提供
――今後は、どんな施設を清掃していきたいのですか?
立花:スポーツが大好きですので、スポーツ施設を綺麗にして、利用者に喜んで頂けるような清掃をしたいです!
スポーツ施設のように広い施設ですと、なかなか日常では大掛かりな掃除が出来ないですし、専門的な道具も無いと思います。手を付けておかないと、どんどん汚くなってしまうので我々に任せて頂きたいですね。
スタッフの方に清掃用具の使い方などを伝授して、一緒に綺麗にしていくということもやっていきたいです。
実際に色々な縁から、今年からJ2に所属する横浜FCの施設や、MIFA Football Parkの清掃もやらせて頂いています。
最近はフットサルも本格的に再開しましたし、スポーツは凄く平和で仲間も増えて、本当にいいなと改めて感じています。会社メンバー中心のフットサルチームも作りました!
――最後に今後の目標を教えてください。
「ダスキン」さんや「おそうじ本舗」さんのように愛されるブランドを我々、株式会社タチバナでも作りたく「BEクリーン」というブランドを昨年11月からスタートさせました。
夢は、「スポーツ施設の清掃はBEクリーンに任せておけば安心だよね」という流れを作ることです。その為にも、初心を忘れずに頂いた仕事に真摯に全力で取り組んでいきます。
写真:本人提供
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