Junichi Tazawa has decided to join BC and Saitama Musashi! "I want you to support me"
On July 13, Saitama Musashi Heat Bears in the Independent League Route-In BC League announced a contract with Junichi Tazawa, who was also active in the Major Leagues. We had a press conference at "Ofuro cafe bivouac" in Kumagaya, Saitama prefecture. Tazawa said that one of the reasons for the contract was the enthusiastic invitation from Director Kaku. "I want to do everything I can to contribute to the team and have everyone in Japan cheer me up," he vowed to play in New World.
Junichi Swan
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2020/07/25
田澤純一投手は、横浜商大高校、社会人野球の新日本ENEOSを経て、2008年にメジャーリーグのボストン・レッドソックスに入団。2013年には上原浩治らと共に「勝利の方程式」を担い、ワールドシリーズ制覇にも輝いた。
その後はフロリダ・マーリンズ、デトロイト・タイガース、ロサンゼルス・エンゼルス、シカゴ・カブスなどでプレー(マイナー契約含む)した田澤投手は、 2019年8月にシンシナティ・レッズと2年のマイナー契約締結したが、今年3月には自由契約に。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、アメリカマイナーリーグの非開催が決定した2020年シーズンは、所属チームがない状態が続いていた。
冒頭で埼玉の角晃多監督は「まだまだプレーできる選手だと思っている。力強いストレートに加えて実績と経験。投手として必要な要素を持っています」と、獲得の理由を語った。
一方の田澤投手も 「監督からの熱心なコメントをいただき、好意をもっていたチームでプレーすることを決めました。僕の残りの野球人生が短いことは自分で分かっている。出来る限りのことをやってチームに貢献し、日本の皆さんに応援してもらえるようにしたい」と、抱負を語った。
田澤投手の「日本復帰」は、新日本ENEOS時代の2008年以来、およそ12年ぶり。この年の第79回都市対抗野球では、最優秀選手賞にあたる橋戸賞も受賞した。
その後、田澤投手は、日本のドラフトを経ないでアメリカメジャーリーグのボストン・レッドソックスと契約を締結。
これをきっかけに「NPBのドラフト指名を拒否して海外のプロ球団と契約した選手は、一定期間(大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間)はNPB所属球団と契約できない」という規定が設けられ、通称「田澤ルール」と呼ばれるようになった。
この日の会見では、「僕自身が(「田澤ルール」という名前を)付けたわけではないので、何とも言えない。ルールが無くなってくれたらいいと思うが、ルールには従わなければいけない。まずはチームで頑張ることが大事だと思う」と、制度そのものに対する主張や意見の交換が行われることはなかったものの、田澤投手の埼玉武蔵ヒートベアーズ入団によって、現在のルールのあり方やドラフト会議の改革についての議論が深まることになりそうだ。
埼玉武蔵ヒートベアーズ球団社長の今井英雄氏は 、田澤投手の入団会見で、 「田澤投手が日本の球団でプレーする姿を見ていただきたい。NPBを目指してプレーしているヒートベアーズの選手たちに、田澤投手のマウンドに向かう準備練習の姿勢や、後ろ姿を見せたい」 と、獲得の理由や想いを語った。
会見からおよそ1週間後の7月22日には、 ワールドチャンピオンに輝いたレッドソックス時代と同じ背番号36のユニフォームを身に纏って、練習に合流した田澤投手。
今後は、初登板が予定されている31日の栃木ゴールデンブレーブス戦(熊谷公園)に向け、調整を続けていくと見られる。
「(渡米期間を除いて)生まれ育った神奈川を出たことがなかったので楽しみ」と話す田澤投手が、地域密着を理念に掲げる埼玉武蔵ヒートベアーズや、ルートインBCリーグにどのような化学反応を起こしていくのか。今後にも目が離せない。
埼玉武蔵ヒートベアーズオフィシャルホームページ
その後はフロリダ・マーリンズ、デトロイト・タイガース、ロサンゼルス・エンゼルス、シカゴ・カブスなどでプレー(マイナー契約含む)した田澤投手は、 2019年8月にシンシナティ・レッズと2年のマイナー契約締結したが、今年3月には自由契約に。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、アメリカマイナーリーグの非開催が決定した2020年シーズンは、所属チームがない状態が続いていた。
冒頭で埼玉の角晃多監督は「まだまだプレーできる選手だと思っている。力強いストレートに加えて実績と経験。投手として必要な要素を持っています」と、獲得の理由を語った。
一方の田澤投手も 「監督からの熱心なコメントをいただき、好意をもっていたチームでプレーすることを決めました。僕の残りの野球人生が短いことは自分で分かっている。出来る限りのことをやってチームに貢献し、日本の皆さんに応援してもらえるようにしたい」と、抱負を語った。
田澤投手の「日本復帰」は、新日本ENEOS時代の2008年以来、およそ12年ぶり。この年の第79回都市対抗野球では、最優秀選手賞にあたる橋戸賞も受賞した。
その後、田澤投手は、日本のドラフトを経ないでアメリカメジャーリーグのボストン・レッドソックスと契約を締結。
これをきっかけに「NPBのドラフト指名を拒否して海外のプロ球団と契約した選手は、一定期間(大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間)はNPB所属球団と契約できない」という規定が設けられ、通称「田澤ルール」と呼ばれるようになった。
この日の会見では、「僕自身が(「田澤ルール」という名前を)付けたわけではないので、何とも言えない。ルールが無くなってくれたらいいと思うが、ルールには従わなければいけない。まずはチームで頑張ることが大事だと思う」と、制度そのものに対する主張や意見の交換が行われることはなかったものの、田澤投手の埼玉武蔵ヒートベアーズ入団によって、現在のルールのあり方やドラフト会議の改革についての議論が深まることになりそうだ。
埼玉武蔵ヒートベアーズ球団社長の今井英雄氏は 、田澤投手の入団会見で、 「田澤投手が日本の球団でプレーする姿を見ていただきたい。NPBを目指してプレーしているヒートベアーズの選手たちに、田澤投手のマウンドに向かう準備練習の姿勢や、後ろ姿を見せたい」 と、獲得の理由や想いを語った。
会見からおよそ1週間後の7月22日には、 ワールドチャンピオンに輝いたレッドソックス時代と同じ背番号36のユニフォームを身に纏って、練習に合流した田澤投手。
今後は、初登板が予定されている31日の栃木ゴールデンブレーブス戦(熊谷公園)に向け、調整を続けていくと見られる。
「(渡米期間を除いて)生まれ育った神奈川を出たことがなかったので楽しみ」と話す田澤投手が、地域密着を理念に掲げる埼玉武蔵ヒートベアーズや、ルートインBCリーグにどのような化学反応を起こしていくのか。今後にも目が離せない。
埼玉武蔵ヒートベアーズオフィシャルホームページ