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VAR革命の光と影――サッカーは公正になったのか、それとも混乱したのか?

サッカーにおいて、審判の判定が試合の勝敗を左右する瞬間は数えきれない。ゴールの判定、PKの有無、レッドカードの是非——。そのすべてが、選手の努力やファンの歓喜を一瞬で塗り替える。そんな中、2018年のロシア・ワールドカップから本格導入された VAR(ビデオアシスタントレフェリー)は、サッカー界に革命をもたらした。明らかな誤審を防ぎ、公平な試合運営を実現する という目的のもと、試合の判定に映像技術が取り入れられるようになったのだ。しかし、VARは単なる「誤審防止策」にとどまらない。それは選手のプレースタイルを変え、ファンの視点を変え、審判の役割すら変えようとしている。では、VARは本当にサッカーを進化させたのか? それとも、試合の流れを乱し、判定の議論をより複雑にしただけなのか?その答えを探るべく、VARの功罪について深掘りしていく。※トップ画像出典/Getty Images

IconIppei Ippei | 2025/02/18

VAR導入がもたらした“新たな戦術”

VAR(ビデオアシスタントレフェリー)が導入される以前、選手たちは審判の「死角」や「アングル」を巧みに利用し、時にはルールのグレーゾーンを突くようなプレーも見受けられたりもした。特にセットプレーでは、マークを外すために相手のユニフォームを引っ張ったり、密かに相手の足を踏むといった“マリーシア(狡猾さ)”が見られたりもしていた。

しかしVARの登場により、こうしたプレーは大きく減少したように感じる。試合中の映像チェックが入る可能性があるため、選手たちは「見られている」ことを強く意識するようになったようだ。

守備の変化:手を背中に回すDFたち

VARの影響が特に顕著に現れたのが、ペナルティエリア内でのディフェンス時の姿勢 だ。最近では、センターバックやサイドバックがクロス対応時に、両手を背中側に回す姿勢を取ることが一般的になった。

JFAのサッカー競技規則(2023/24)には、「すべてのハンドが反則ではない」 と明記されているが、VARによってスロー再生された場合、意図的でない接触でも「ハンド」と判断されることがある。そのリスクを最小限に抑えるため、DFは「最初から手を使わない」という選択をするようになった。

この変化は、守備戦術の進化と捉えることもできるが、一方で「不自然なフォームを強いられることで守備の自由度が低下している」との指摘もある。

ファンの視点:VARが生んだ“新しい見方”

VARの導入は、選手だけでなくファンや視聴者のサッカーの楽しみ方にも変化をもたらした。

かつては、サッカーの試合を観戦する際、主に「戦術」や「個々のプレーの巧みさ」に注目することが一般的だった。しかし現在では、「VARの視点」 から試合を分析するファンも増えている。

例えば、試合中にVARチェックが入らなかった場合、SNS上では「なぜVARが介入しないのか?」という議論が巻き起こりがちだ。

また審判の判定そのものがファンの間で“戦術”のように語られることも増えた。かつては監督の采配やフォーメーションが議論の中心だったが、そこに「VARの判定基準」すらも試合の流れを左右する要素の一つとして認識されるようになっているようなのだ。


ひとつ断っておきたいのは「VARがサッカーをより公正なスポーツにしたのは間違いない」ということだ。そして同時に、ファンの間で「納得感」が重要視されるようにもなったのだ。

審判のジレンマ:「競技規則」と「納得感」の狭間で

VARの運用に関しては、審判たちの間でも試行錯誤が続いている。日本サッカー協会(JFA)の審判マネジャー・佐藤隆治氏は、2024年に行われた審判合宿で次のように語ったという。

「この判定は競技規則では間違っていない。でも、それで審判への信頼が上がるのか?」

これは、サッカーにおける大きなパラドックスを示している。

つまり、「ルール上は正しくても、選手やファンが納得できなければ、VARの信頼性は揺らぐ」というジレンマがあるのだ。

特に、日本と海外ではVARの運用方針が異なる点が注目される。

・JリーグのVAR方針→「明白な誤審」のみ介入する(つまり“最良の判定”を見つけるものではない)

・FIFAやAFCのVAR方針→「選手やファンの納得感」も考慮して介入する

この違いがあるため、Jリーグの試合ではVARが介入しない場面でも、海外リーグでは介入することがある。このズレが、「JリーグのVARは厳しすぎる」「ヨーロッパのVARは柔軟すぎる」といった議論を生んでいる。

「エンターテインメントとしてのサッカー」とVARの未来

VARの目的は、サッカーをより公正なスポーツにすること、だ。しかし、その副作用として「試合の流れが断ち切られる」「観客の興奮が削がれる」というデメリットも指摘されている。

特にプレミアリーグなどでは、VARによる長時間のチェックが試合のリズムを崩し、スタジアムの熱狂を奪ってしまうケースが問題視されていることもある。

こうした状況を踏まえ、海外のレフェリーたちは「競技規則としては正しくても、エンターテインメントとしてはどうなのか?」という視点を持っているという。

Jリーグでも、今後は単に「誤審を防ぐ」だけでなく、「サッカーの魅力を損なわずにどうVARを活用するか」が重要なテーマになっていくだろう。


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