「一番きつかった3年間が、今の“核”をつくった」鶴屋怜、高校時代の記憶
「もう二度と戻りたくない」──そう振り返る高校時代が、鶴屋怜のすべての土台になっている。毎日が極限。練習は休みなく、朝から晩まで張りつめた空気の中で心も身体も削られる。推薦で入学した仲間たちも、辞めたくても辞められない。「逃げ場のない場所」で、彼はただ、やり切った。努力のすべてをぶつけ、3年間で自分の“核”をつくりあげた。だからこそ、UFCのケージに立つ今、彼は揺るがない。入場の高揚も、試合の緊張も、すべてを受け止めながら、試合が始まれば驚くほどに冷静だ。「特別なことはしない。練習通りにやるだけ」。その言葉どおり、鶴屋怜は“日常の延長線上”で世界と戦っている。 ※トップ画像撮影/松川李香(ヒゲ企画)

「UFCを夢見たきっかけは、あの“カリスマ”だった」
―― 中学生の頃、コナー・マクレガーを見てUFCを目指すようになったとか?
そうです。あの時期、ちょうどUFCの盛り上がりがすごくて。その中でもマクレガーの登場は衝撃的でした。強さはもちろん、カリスマ性とか話題性とか──とにかく、存在感がすごかった。
僕自身、昔から「目立ちたい」って気持ちはあったので、自然と「こういう選手になりたいな」と思ったんですよね。
―― 技術だけじゃなく、スター性にも惹かれた。
格闘技って、強さだけじゃなくて“見せ方”や“魅せ方”も大事なんだって、マクレガーを見て実感しました。しかも、年収ランキングでスポーツ選手の世界2位とかに入ってるのを知って──「えっ、格闘技でこんなに稼げるの?」って(笑)。それも正直、モチベーションになりましたね。
――そこから「UFCに出るにはどうするか」を考え始めた?
その時からもう、目標は“UFCに出る”ことだけ。日本の団体でチャンピオンになるとか、そういうビジョンはあまりなかったです。
―― では、そこに至るまでのステップはどう構築していったんでしょう?
最初はDEEPで戦っていたんですが、あそこはランキング制度がなくて。勝ち続けても、次にどうつながるのかが見えにくかった。何を目指せばいいか、ちょっとモヤモヤする部分があって。
そこで、明確にランキングがあるパンクラスに移って、「ここでしっかり結果を出して、チャンピオンを獲って、それをUFCへのステップにしよう」と切り替えたんです。Road to UFCにつながる道を、ちゃんと自分で組み立てる必要があるなって。
「人生で一番きつかった3年間が、今の自分をつくっている」負けなしの裏にあった高校時代の覚悟
―― プロとして無敗で勝ち進み、「Road to UFC Season 2」フライ級トーナメントを制覇。UFCとの契約を勝ち取った今、自分の中で「ターニングポイントだった」と思う瞬間はありますか?
自分の中で、やっぱり一番大きかったのは高校の3年間ですね。あの時期が、自分の“強さの核”をつくってくれたと思ってます。もう本当にキツくて……人生で一番努力したのは間違いなく、あの3年間でした。
正直、今どんなトレーニングをしてても、「あの頃に比べれば」って自然と思えるくらい。メンタル的にもフィジカル的にも、あの経験がベースになっています。
―― その高校時代、特に「もう二度と戻りたくない」って思うようなエピソードってありますか?
ありすぎます(笑)。まず、高校入学のタイミングで、地元・柏にとんでもない指導者が来たんです。格闘技界では“鬼”って呼ばれてるような先生で、とにかく厳しい。先生が部屋に入ってくるだけで空気が一気に張りつめるような感じでした。
朝から晩までピリピリした緊張感があって、常に集中してないといけない。毎週、大学の練習にも参加してたし、午前と午後の2部練が続く日々。リカバリーの時間もほとんどないし、疲労が抜けることなんてまずなかった。でも、それが“普通”だったんです。3年間、ずっと。
――その環境で、心が折れそうになることは?
めちゃくちゃありましたよ。実際、一度辞めようとしたこともあります。でも、当時は8人いた同期、誰も辞めなかった。っていうか、辞めさせてもらえなかった(笑)。
みんな推薦で入ってるから、簡単には抜けられないっていう背景もあったんですけど、自分も「ここで辞めたら一生後悔するかもしれない」と思って踏みとどまりました。
今思えば、そこで辞めなくて本当によかったです。あの3年間を乗り越えたという自信があるから、今どんな試合でも、どんなトレーニングでも、自然と自分にスイッチを入れられる。厳しい経験でしたけど、自分にとっては“財産”ですね。
「才能だけでやってきた」と感じた過去に、初めて本気で向き合えた
―― その高校時代が、鶴屋選手にとっての“核”になったんですね。
はい。中学までは、どこか「なんとなく結果が出ていた」っていう感覚でした。もちろん、努力はしていたけど、どこかで「もっとできたな」っていう後悔もあったんですよね。だからこそ、高校の3年間は、本気で自分を追い込めたという実感があります。初めて、自分の中に“軸”ができたというか、「やり切った」と言える経験になった。もしあのとき、もっと楽な環境を選んでいたら、今のような覚悟は持てていなかったと思います。
―― 試合前のメンタルってどうですか?緊張とか、しますか?
実は、僕は試合前に全然緊張しないタイプなんです。
小学生の頃は全国大会の決勝とかで、「また2位だったらどうしよう…」ってプレッシャーを感じることもありました。でも、プロになってからは、そういう緊張は一切ないです。
―― それはすごいですね。慣れの問題なんでしょうか?
うーん…慣れも多少はあるかもしれないけど、試合3日前くらいに試合のことを考えすぎると、逆に興奮しちゃって眠れなくなるんです。だから、意識的に試合のことは考えないようにしています。
で、当日。リングに足を踏み入れた瞬間に「あ、もうここに立ってるんだな」ってスイッチが入る。緊張というよりも、“自然と闘うモードに入る”っていう感覚ですね。
「満員のTモバイルアリーナで、心は静かだった」入場と試合、興奮と冷静の狭間で
―― 僕、格闘技の“入場シーン”がすごく好きなんですよ。あの瞬間って、選手の人生が凝縮されているというか。鶴屋選手にとって、入場はどんな時間ですか?
入場はめっちゃテンション上がりますね。
この前、アメリカのTモバイルアリーナで試合したときなんて、「うわ、こんなに人がいるの!?」って思いました。観客がパンパンに入っていて、歓声もすごくて…。その中で「自分が今ここにいるんだ」っていう実感が、もう最高に気持ちよかったです。
―― それ、緊張というより“高揚感”なんですね。
そうですね。逆にプレッシャーとかは全くなくて、むしろワクワクします。でも、試合が始まった瞬間からは、一気に気持ちが切り替わります。そこからは本当に冷静。やることは決まっていて、「いつも通り」でしかないです。
―― 「冷静であること」って、格闘技においてかなり大きな武器なんでしょうか。
間違いなく、そうだと思います。どんなに気持ちが高ぶっていても、試合中は“自分を客観視”できていないといけない。僕はいつも、「普通に練習通りにやれば、普通に勝てる」って思ってます。だからこそ、特別なテンションとか、特別なことは求めてない。必要なのは、積み上げてきたことを、そのまま出せる“冷静さ”だと思ってます。
「“考えすぎない強さ”──感覚で戦う22歳のリアル」
―― アスリートの方に「一番大事なことは?」と聞くと、多くの方が「自信」と答えます。鶴屋選手は、試合中もそうですが、普段から“自信に満ちている”印象があります。
うーん…自信っていうより、「いつも通りやれば勝てる」っていう感覚なんですよね。たしかに、格闘家でも試合前にとても緊張する人もいると思うんですけど、僕は「緊張しても意味ないな」って。だから、いい意味で気負わず、フラットな自分でいられるようにしてます。それが結果として、自信に見えてるのかもしれないですね。
―― そう思えるのは、日々の積み重ねがあるからこそですよね。試合前の戦略や分析って、自分でやるタイプですか?
いや、実は…あんまりやらないです(笑)。映像も1〜2回ざっと見るくらい。相手の研究は、セコンドに全部任せてます。作戦も「こういう形狙っていこう」って言われたら、「はい、了解」って感じ。あとは試合の中で感覚を掴んでいく。
―― なるほど、完全に“感覚派”なんですね。
そうですね。頭で考えすぎると、逆に動きが固くなるタイプなんで。たとえば「今日はタックル意識しよう」って思って練習すると、なんかぎこちなくなっちゃうんですよ。だから、自分にとってのベストは“何も考えすぎず、自然体でいること”。試合も、練習も、「いつも通り」を出すことが一番強いって思ってます。
鶴屋怜(つるや・れい)
2002年6月22日 、千葉県柏市出身。THE BLACKBELT JAPAN所属。幼少期から柔術やレスリングに取り組み、高校時代にレスリング世界大会出場、団体戦全国優勝。アマチュアにてMMAのキャリアを経て、2021年2月にDEEP100にてプロデビュー。2022年12月PANCRASE330にて、第7代フライ級王者の猿飛流に勝利し、第8代キング・オブ・パンクラシストに輝く。MMA10勝無敗で2023年『ROAD TO UFC』に出場し、優勝。2024年6月にUFC303、デビュー戦にて勝利。プロキャリア11戦10勝1敗。
Photo: Rika Matsukawa
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