「守りに入った自分を超えていく」UFCでの敗戦が変えた、鶴屋怜の“戦う覚悟”
プロ無敗でUFCと契約し、ついに世界最高峰の舞台に立った鶴屋怜。2試合を終えた今、彼の胸中には何が芽生えているのか──。「負けないように戦っていた」という2戦目の葛藤。そして、「次は思い切って戦いたい」と語るその言葉には、若きファイターが背負う“期待”と“重圧”の両方がにじむ。「まだ自分は50%。5年後が一番強い姿」。そう言い切る鶴屋は今、ただ頂点だけを見据えているわけではない。その先には、UFC王者として格闘技の価値を日本に伝え、世界とつながるジムをつくるという未来図も描いていた。※トップ画像撮影/松川李香(ヒゲ企画)

無敗の重圧を超えて──次は“思い切り戦う”だけ
――先日のUFC2戦目を含めて、ここまでの2試合を振り返って、どんな感情がありますか?
1戦目はもう、「やっとUFCに出られる!」っていう嬉しさが強すぎて。舞い上がっちゃって、ちょっと空回りしましたね。冷静に戦えてたとは言えなかった。今思えば、もっと落ち着けたなって。
――では、2戦目では何が変わりましたか?
逆に2戦目は、“無敗”っていう立場のプレッシャーがありました。どこかで「負けたらどうしよう…」っていう思いが抜けなくて、「勝ちたい」というより「負けないように戦おう」としていた気がします。
―― 守りに入っていた、と。
そう。もっと攻められる場面でも、“確実に勝つこと”を選んでしまった。結果的に勝てたけど、「本当はもっとできたのに」っていう悔しさが残ったんですよね。
でも今は、そういう重さが全部なくなった感じがあって。むしろ、「思い切って戦いたい」って気持ちの方が強い。次の試合は自分でも楽しみです。「このメンタルでやったら、どこまで出せるんだろう」って、ワクワクしてる。
――戦い方にも変化が出てきそうですか?
たぶん出ると思います。打撃も「倒れないな」って感覚がつかめたし、自信がついた。ベースはレスリングだけど、もっとアグレッシブに、もっと自由に戦っていけそうです。
まだ50%。でも、これからが自分の伸びしろ
―― 鶴屋選手の中で、理想の総合格闘家像を“100”としたとき、今はどれくらいまで来ていると感じていますか?
まだ50%くらいですね。今は22歳。もちろん、いまも強さには自信がある。でも、「ここで完成」なんて思っていない。たぶん、自分が本当に一番強くなるのは5年後ぐらいだと思います。今も勝ててはいるけど、“もっと強くなれる”って感覚の方が常にあるんです。
―― 鶴屋選手はずっと「UFCのベルトを巻きたい」と言い続けていますが、なぜそこまでアメリカに惹かれるのでしょうか?
「最初はぼんやりした憧れだったんです。でも、初めてアメリカに行って、空港でびっくりしたんですよ。まだUFCで試合もしてないのに、ファンが列を作ってサインを求めてくる。
“俺、まだ誰かも知られてないのに?”って(笑)。それくらい、あっちの人たちは格闘技を本気で愛してる。あのときに“ここで絶対に戦いたい”って決めました」
――実際に、今の鶴屋選手のファン層はどんな人たちが多いですか?
以前は30代~40代の男性が多かったんですけど、最近は10代の若い子とか、自分より下の世代も応援してくれるようになって。イベントで“格闘技始めたい”って声をかけてもらったり、SNSでもメッセージをもらったりするんですよ。そういうの、本当に嬉しい。自分の存在が誰かの“きっかけ”になれてるのかもしれないって思えるのは、すごく励みになります。
格闘技のリアルを、日本の“当たり前”にしたい
―― 鶴屋選手は、格闘技を通じてどんなメッセージを社会に届けたいと考えていますか?
一番は、「格闘技の価値」をもっと日本に広めたい、っていうことですね。格闘家って、ほんとに命を削るような日々を過ごしてるんですよ。減量だってそうだし、日々の練習やケアも過酷で、普通の人が想像できるような世界じゃない。でも、まだまだそのリアルが日本ではちゃんと伝わってないと思うんです。
たとえば、UFCで日本人チャンピオンが生まれたら、日本の中で格闘技の認識もガラッと変わると思います。注目度が上がれば競技人口も増えるし、野球やサッカーに負けないくらい、「格闘技=日本の文化」っていう空気を作れるはずです。
――海外で戦ってみて、逆に「日本人の強さ」を感じたことはありますか?
ありますよ。日本人の強みはやっぱり“真面目さ”と“集中力”ですね。海外の選手に比べて、体重管理もきっちりやるし、練習でも手を抜かない。最後まで諦めない選手が多いし、問題を起こさない選手が多い。そういう誠実さや礼儀は、日本人らしい“戦う力”の一部だと思います。
――反対に、「日本人らしさ」がブレーキになっていると感じる部分もありますか?
それもあると思います。一番は“思い込みの強さ”。「外国人は強い」「自分には勝てないかも」って、まだ試合もしてないのに先に弱気になる選手が多いんです。でも僕からしたら「同じ人間じゃん」って思うだけで。変に相手を神格化してしまって、自分で自分の可能性を狭めてしまう日本人選手は、少なくないと感じてます。
――その背景には、日本の“失敗に対する感覚”もあるかもしれませんね。
日本人って何かやる前から、「これやったら叩かれるかも」とか「周りにどう見られるか」が先に来てしまう。その慎重さが悪いわけじゃないけど、格闘技みたいに“自分で突破していく”競技では、時に足かせになると思います。
“誰かのため”じゃない。“自分と向き合う時間”が強さをつくる
―― 鶴屋選手と話していると、日ごろから自分自身としっかり向き合っている印象を受けます。普段から「自己対話」は意識しているんですか?
どうですかね(笑)。でも、たしかに自分のことを考える時間は多いと思います。というのも、格闘技って、チームスポーツと違って、ものすごく“自己中心的”な競技なんですよね。自分の体、自分のメンタル、自分の試合に集中する世界で、誰かのために動く、みたいな瞬間ってあまりないんです。
だから、嫌な人と無理に関わる必要もないし、バイト先の人間関係みたいな煩わしさもない。自然と「自分の内側と向き合う時間」が増えていった、という感じです。
――では、そんな“自分”の中で、好きな性格ってどんなところですか?
はっきりしてるところ、ですかね。私生活でも、「この人とは合わないな」と思ったら、無理して関わらない。好き嫌いはけっこうはっきりしてて、嫌な人とはあえて喋らないし、自然と距離を取ります。
誰にでも合わせようとしないことで、自分のメンタルが乱されることも少なくなるし、結果として“ブレない自分”を保てる。格闘技の世界にいるからこそ、そういうスタンスが合ってるのかもしれないですね。自分にとっては、それが生きやすさにもつながってると思います。
「落ち込んでも意味がない」プラス思考で進み続ける理由
――試合以外の場面で、「ちょっと落ち込むな…」とか、「考え込んじゃうな…」ということはありますか?
いや、正直ほとんどないですね(笑)。もちろん、負けたときは落ち込むこともありますけど、そこから引きずることはあまりないです。「落ち込んでも何も変わらないし、やるしかない」。そう思ってすぐに切り替えるタイプです。
――それって、もともとの性格なんですか?それとも、意識的に?
完全に意識してやってますね。「プラス思考で生きる」っていうのが、自分の中のテーマというか、軸になってます。ネガティブな言葉ばかり言ってる人って、正直ちょっと苦手で。だから、自分はできる限り前向きに、ポジティブな考え方を心がけています。
―― それって、この世界で戦っていくうえで、すごく重要なマインドかもしれませんね。
ほんとそう思います。勝負の世界って、最後は“自分を信じられるかどうか”だと思うんです。結果が出ない時期でも、自分を信じて走り続けられるかどうか。それって、技術よりも「どう考えるか」のほうが大事だったりするんですよね。
「“あの世界”に惹かれた」アメリカへの憧れと、胸に宿る原動力
――鶴屋選手が影響を受けた映画や作品ってありますか?
ディカプリオ主演の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』ですね。ああいうの観ると、なんというか…「自分、もっと頑張らなきゃ」って思わされるんですよ。もう、エネルギーがすごい。あれは自分にとって、かなり大きな刺激になってます。
―― モチベーションが欲しいときに観たりするんですか?
それ以上に自分は昔から“アメリカ”という国そのものに強く惹かれていて。豪快さというか、成功者が持ってるあの独特のオーラとか、そういう世界に憧れてたんだと思います。
「こんな人生、送ってみたい」って思わせてくれるものが、アメリカにはある。映像の中で見た“ヤバいやつ”に対して、ビビる気持ちと同時に、「でも、自分もここまで行ってやりたい」っていう闘志が生まれる。それが、UFCでチャンピオンを目指す原動力の一部になってるのかもしれません。
UFC王者の先に描く夢──“世界と戦えるジムを、日本に”
―― 今後の競技人生の中で、UFC王者という大きな目標がありますが、その“その先のビジョン”も描いていますか?
あります。引退しても、やっぱり格闘技とはずっと関わっていたいと思っていて。その中でも、今抱いている夢の一つが「世界と戦えるジムを日本に作ること」なんです。アメリカにはメガジムと呼ばれるようなトップレベルの施設があるけど、日本にはまだ少ない。だからこそ、自分の地元・柏にそういう環境をつくりたいという想いがあります。
―― 東京などの大都市ではなく、地元にこだわる理由は?
都会じゃなくても全然いいと思ってます。アメリカでもフロリダみたいな地方都市に世界的なジムがありますし、敷地があって、環境が整えば地方でも世界に通用する選手は育てられる。むしろ、そういう場所のほうが集中できるかもしれないですね。
――それはUFCで結果を残してから動き出す予定?
はい。チャンピオンになれば知名度も上がるし、自分の名前を通じて人も自然と集まってくるはず。だからこそ、40代でも50代でも、自分が動けるタイミングで、そのジムづくりに本格的に取り組んでいきたいと思っています。
“日本の格闘技を世界ともっと近づける”――そのための場を、自分の手でつくっていきたいんです。
鶴屋怜(つるや・れい)
2002年6月22日 、千葉県柏市出身。THE BLACKBELT JAPAN所属。幼少期から柔術やレスリングに取り組み、高校時代にレスリング世界大会出場、団体戦全国優勝。アマチュアにてMMAのキャリアを経て、2021年2月にDEEP100にてプロデビュー。2022年12月PANCRASE330にて、第7代フライ級王者の猿飛流に勝利し、第8代キング・オブ・パンクラシストに輝く。MMA10勝無敗で2023年『ROAD TO UFC』に出場し、優勝。2024年6月にUFC303、デビュー戦にて勝利。プロキャリア11戦10勝1敗。
Photo: Rika Matsukawa
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