「友だちを作ってほしい」元阪神左腕・岩田稔さんが取り組む1型糖尿病プロジェクトへの想い「将来につながるこの時間が大事」
1型糖尿病の子どもたちを対象にしたイベント「IWATA PROJECT SPORTS FESTIVAL 2024」が6月16日、東京都の日本体育大学・世田谷キャンパスにて行われた。このイベントを立ち上げたのが岩田稔さん。2006年からプロ野球の阪神タイガースで16年間に渡ってプレーし通算60勝を挙げ、2009年には侍ジャパンのメンバーに名を連ねてワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で世界一に輝いた。1型糖尿病を高校時代に発症しながらプロの世界で奮闘し、引退後も精力的に活動する岩田さんの姿に迫った。※トップ画像:筆者撮影
大阪桐蔭時代に1型糖尿病を発症
岩田さんは大阪府守口市出身で、関西の名門・大阪桐蔭高校出身。同級生には“おかわり君”こと中村剛也(埼玉西武ライオンズ)、1学年下にはメジャーリーグでもプレーした西岡剛(元千葉ロッテマリーンズ、阪神タイガースなど)が在籍。全国制覇も狙える野球部でエースを任され、将来を嘱望されていた。
そんななか、高校2年生の時に1型糖尿病を発症し、卒業後に決まっていた社会人野球へ内定が取り消される苦しい状況を経験した。岩田さんはその悔しさをバネに関西大学を経て2005年の大学・社会人ドラフトで阪神に希望枠で入団し、左の先発ローテーション投手としてプロ野球の舞台で16年間に渡り活躍を続けた。
そんな岩田さんは自らが1型糖尿病と向き合うだけでなく、2009年から1型糖尿病の患者や家族に対して寄付を行うなど、「1型糖尿病患者の希望の星になる」とプロ入団時に宣言した通りに野球選手としてだけでなく、継続した支援を並行して続けてきた。
「IWATA PROJECT 21」は岩田さんがアークレイ株式会社とともに2011年に発足したプロジェクトで、昨年に岩田さんの母校の関西大学でプロ野球引退後初めてとなる交流イベントが行われ、今回の東京での開催に至った。
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参加者と積極的に交流する姿
今回の交流イベントで行われたのが、専門家からのサポート付きのAI技術を駆使した「シセイカルテ」と、4つのスポーツ種目からその人が楽しみやすいスポーツを提案してくれる「スポーツ適性診断」という2つのプログラム。多くの1型糖尿病のある子どもたちが参加することもあり、医療スタッフがボランティアとしてサポートするという配慮が見られた。イベントには38人の子どもたちが参加した。
保護者とともに楽しむ子どもたちの様子を岩田さんは満足げに見つめ、「みんな順調にいけてる?」と気さくに声かけをするなど、楽しむ様子が見受けられた。さらに、参加者からのサインや写真撮影にも快く応じるなど、子どもたちとの距離の近さが印象的だった。
そんな岩田さんのパートナーとしてイベントMCを務めたのが大村詠一さん。エアロビック競技の元ジュニア世界チャンピオンであり、大村さん自身も1型糖尿病を持つ当事者でもある。
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岩田さんは高校3年生の年末に熊本を訪れ、当時高校1年生で現役生活を送っていた大村さんの元を訪ねたのが最初の出会いで、「(初めて出会った時に)彼の前向きさに助けられた」と励みになったと語る。現役時代に出会ったのが縁となりその後も交流が続いての今回のイベント参加となり、岩田さんとともに子どもたちを楽しませ、その明るさで会場を盛り上げた。
画像提供 / アークレイ株式会社
日本体育大・体操部のパフォーマンス
子ども達に混じり、親御さんや岩田さんも奮闘した「シセイカルテ」「スポーツ適性診断」が終わったあとは、日本体育大学ならではの催し物が用意された。
創部83年の伝統を誇る体操部が登場し、参加者が見守るなかでパフォーマンスを披露。男子部員のアクロバティックな技や、女子部員のしなやかな動きが合わさった生の演技の迫力には驚きの声が上がった。
岩田さんが「器械体操が自分は苦手だったので、本当に凄かった」と終了後に語ったような圧巻のパフォーマンス。演技をした生徒たちも終了後は「いち野球ファン」として岩田さんと会話や記念撮影をするなど、大学生としての一面も垣間見ることができた。
運動プログラムの最後には「血糖値測定タイム」が設けられ、岩田さんも自らの測定グッズを子どもたちの前で紹介するなど、1型糖尿病患者として子どもたちと同じ目線で接する姿が印象的だった。
画像提供 / アークレイ株式会社
語られた1型糖尿病と向き合う日々
第2部の講演会で語られたのが岩田さんの野球人生と隣り合わせだった1型糖尿病と向き合う日々について。
岩田さんは大阪桐蔭時代、低血糖の症状が出る際に、ゼリー飲料を練習中に摂取する必要があり、同級生から「1人でサボって何甘いものを飲んでるんや?」と言葉をかけられることがあったという。その度に「これを食べないと倒れてしまって周りに迷惑をかけてしまう。命をつなぐためのものだからこれは絶対にやらないといけない」と説明し、周りに対して病への理解を求めていた。
さらに、阪神在籍時にも低血糖の症状と戦った。ある年のキャンプ前日にチームメイトとの夜にしゃぶしゃぶを食べた際のエピソード。食前にインスリン注射を打っていたが、体重調整のため炭水化物を抜いていたこともあり、呂律が回らずに救急車で病院に運ばれる出来事があった。
「唯一1回だけ圧倒的な低血糖だった」という経験をするなど、自らの体調をコントロールして戦う現役生活だった。そんな岩田さんは「(1型糖尿病を)乗り切ったか、と言われたら乗り切っていないような気もする。付き合って仲良くしているような状態です」と病と向き合ってきた日々を振り返った。
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横のつながりを作ることの重要性
講演会の終盤に岩田さんから説かれたのが、オンラインサロンや交流会などの活動を通して「横のつながりを作ること」の重要性。「友だちを作って帰ってほしい」とアドバイスした岩田さんの言葉の背景には、1型糖尿病を抱える患者たちと隣り合わせの孤独や偏見を感じてのものだった。
「こういう時どうしたらいいんだろう?とか、思った時に気軽に相談できるのが友だちであり仲間だと思うので、交流会にきてもらって横でみんなでつながっていきましょう」と呼びかけた岩田さん。この日サポート役を務めた大村さんに自分自身が励まされたように、参加者一人ひとりが横のつながりを持つことで、1型糖尿病を抱えた人たちが寄り添って生きていくことにつながると考えを明かした。
岩田さんは最後に「今日は1日ありがとうございました。どうでしたか、皆さん楽しめましたか?」と語りかけると、場内から拍手が巻き起こった。
「僕はとても楽しめました。子どもたちが目をキラキラさせて、ワイワイ言いながら将来につながっていくこの時間が大事です」と感想を語り、「このような活動を各地で進めていくと思うので、今後ともよろしくお願いします」とさらな広がりにも期待を寄せて挨拶を締めた。
オンラインサロンや各地方での交流会などを通して1型糖尿病のコミュニティ作りに取り組んでおり、「(11月14日の)世界糖尿病デーにも合わせてやっていけたらいいですね」と岩田さんのプランが明かされた。
岩田さんは「1型糖尿病になって内定が取り消されたり悔しい想いも経験したけれど、この病気になったことは自分にとってプラスになった」とこれまでの人生を振り返りながら感想を述べた。「1型糖尿病患者の希望の星になる」とプロ入団時に語った想いそのままに、引退後も精力的な支援と活動に奮闘する岩田さん。このコミュニティがさらなる広がりにつながっていくことを予感させたイベントだった。